文档:Minima Rhythm II/专辑解说

来自宫崎骏与久石让中文百科
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宣传文案

久石譲の真骨頂、ソリッドなサウンドで贈るミニマリズム・シリーズ第2弾。
“現代”(いま)を感じさせるアルバム、ついに登場。
ロンドン・シンフォニー・オーケストラとの『ミニマリズム』から6年ぶりのとなる本作は、よりソリッドで現代的なサウンドに生まれ変わった室内楽作品集。エッシャーのだまし絵からインスピレーションを得た「String Quartet No.1」や、マリンバ2台のための「Shaking Anxiety and Dreamy Globe」、すべて単音だけで構成された「Single Track Music 1」、そして戦後70周年を迎えたこの日本のために書かれた「祈りのうた for Piano」などを収録。
音乐大师久石让与伦敦交响乐团合作的「极简旋律」睽违6年的新辑,以愈发坚实的现代乐音重生的室内乐作品集。受到错觉大师费雪之作所启发的创作「弦乐四重奏第1号《Escher》」、以两架木巴琴所完成的「Shaking Anxiety and Dreamy Globe 」、完全以单音所构成的「Single Track Music 1」,以及为了迎接战后70周年的日本所创作的乐曲「祈祷之歌」等感动收录。
久石譲 『Minima_Rhythm II』 に寄せて
久石让《极简旋律 2》简介
”ミニマリズム”から”アニマリズム”へ
从“极简音乐”到“生命音乐”
 「不協和音ばかりに偏重してしまった現代音楽の中でも、ミニマル・ミュージックには調性もリズムもあった。現代音楽が忘れてしまったのがリズムだったとするならば、それをミニマル・ミュージックは持っていた。(中略)もう一回、作品を書きたいという気持ちが強くなったとき、自分の原点であるミニマル・ミュージックから出発すること、同時に新しいリズムの構造を作ること、それが自分が辿るべき道であると確信した」。このように久石譲が宣言し、アルバム『Minima_Rhythm』(ミニマル・ミュージックのMinimalとリズムRhythmの造語)を発表したのは2009年のことであった。本盤『Minima_Rhythm II』は、前作から実に6年ぶりとなる続編だが、当然のことながら6年の間に久石の音楽はさらなる深化を遂げ、新しい方向を目指して現在進行形で深化を続けている。それがいったい何なのか、具体例を挙げてみたい。
 本盤冒頭、ピアノソロによって収録された《祈りのうた》の最初のセクションを、久石はわずか6つの単音のモティーフで始める。天上からの呼びかけを思わせる「ド、ラー」という2音と、それに対する地上の応答のような「ミラドミー」の4音(音楽を少し勉強したリスナーなら、使われている「ラ・ド・ミ」が三和音だとすぐにわかるはずだ)。呼びかけと応答は、何度か繰り返されるうちに音程が変わったり、あるいは音符の数が足されていったりと、少しずつ変化を遂げていく。さらに、同じくピアノソロで演奏されている《WAVE》においては、「ラ・ド♯・ミ」という三和音から生まれた分散和音の波が、繰り返しを重ねながら少しずつ変化を遂げていく。この「少しずつ」という要素が、実はミニマル(最小限)ということに他ならない。
 もしもリスナーが、同じ音形を機械的に繰り返していく音楽(いわゆるパターン・ミュージック)だけを「ミニマル・ミュージック」と考えておられるとしたら、《祈りのうた》や《WAVE》はそういう意味での「ミニマル・ミュージック」ではない。これら2曲で久石が重きを置いているのは、音の素材を最小限に限定し、その素材をあるシステムによって「少しずつ」発展させていく、そういう意味での「ミニマル」だ。筆者の知る限り、久石がここまで音の要素を禁欲的に限定して音楽を書いたことは、ほとんどなかったのはないかと思う。
 急いで付け加えたいのは、この《祈りのうた》や《WAVE》のような作品は、あくまでも生身の人間が演奏してはじめて意味が生まれてくる音楽という点だ。つまり、漠然と流れる時間の中から《祈りのうた》という曲名に相応しいテンポ感を--広い意味での「リズム」と言っていいだろう--見つけ出し、もしくは《WAVE》という曲名に相応しい潮の満ち引きの「リズム」を見つけ出し、その結果、これ以上ありえないほどシンプルな音の動きに相応しい繊細な音色がピアノから紡ぎ出されることで、ようやく作曲意図が感じられるようになる。別の言い方をすれば、これは躍動感あふれる生命のリズムを持った人間でないと、演奏できない音楽なのだ。それは、本盤に収録された他の3曲についても共通して言える点である。
 筆者はそれを、ミニマリズムMinima_Rhythmから生まれたアニマリズムAnima_Rhythm--アニマはラテン語で「生命」「魂」の意味--の音楽と呼びたいのだ。
 “即使在过分强调不和谐的当代音乐中,极简音乐也保留了音调和节奏。当我创作专辑的动力越来越强烈时,我知道自己需要回归本源,从极简音乐开始,同时创作一些新的节奏结构。”久石让在宣布《极简旋律》发行计划时这样说道(专辑于2009年发行,标题由“Minimal”和“Rhythm”两个单词拆组而成)。2015年的专辑《极简旋律 2》是前作的续集。不用多说,久石让在过去的六年中更加深入地研究音乐,也一直在朝着新的方向发展。让我们更具体地了解一下这张专辑的新颖之处。
 专辑的第一首作品是《祈祷之歌》,久石让在开头弹奏了六个简单音符。“C-A”仿佛一个天使般的声音在天堂呼唤,而“E-A-C-E”似乎是地球对此的回应(任何受过音乐训练的听众都可以轻松地识别出他所使用的“A-C-E”小三重奏)。这样的一组呼唤和回应不断重复,并通过音程变化或添加音符进行一定的变形。同样为钢琴独奏曲的《浪潮》,也把“A-C#-E”组成的和弦在重复中逐渐移位。这种“逐渐移位”的手法是极简音乐的重要特征。
 有些听众可能会认为极简音乐只是把相同模式的音乐片段进行重复,但《祈祷之歌》和《浪潮》并非如此。在这两首作品中,久石让着重于用尽可能少的素材,以逐渐变奏完成谱曲。这也是“极简音乐”的定义。据我所知,久石让从来没有在严格限制素材的情况下进行过创作。
 另外必须说明的是,像《祈祷之歌》和《浪潮》这样的作品,必须要在现场演奏才有意义,而不是单纯使用音序器或节奏机器。只有在使用乐器弹奏这些曲子的时候,它极简的、完美的流动才能被感知到。换种说法,这样的音乐必须由有生命有律动的人类来演奏。在这张专辑中录制的其他三首作品中也有这一特点。
 作为作者,我想称这种音乐为“Anima_Rhythm(生命音乐)”——anima在拉丁文中的意思是“生命”或“灵魂”——由久石让一直坚持的“Minima_Rhythm”进化而来。
ミニマル・ミュージックからポストクラシカルへ
从极简音乐到后古典音乐(新古典音乐)
 本盤は作曲家として、また演奏家としてミニマル・ミュージック(必ずしも自作に限らない)と積極的に関わり続けてきた久石の、現時点での最新活動報告的な意味合いも込められている。その意義を理解するためには、ミニマル・ミュージックの歴史についてある程度予備知識があったほうがよいと思うので、要点を掻い摘んで書いておこう。
 広い意味でもミニマル・ミュージックは「曲の素材を最小限に限定した音楽」と説明されることが多いが、一般的には、1960年代に登場した4人のアメリカ人作曲家ラ・モンテ・ヤング、テリー・ライリー、スティーヴ・ライヒ、フィリップ・グラス(2015年現在、4人とも音楽活動を継続中)が、反復とズレを基に作り上げた音楽を指すことが多い(これら4人の音楽を、特に「アメリカン・ミニマル・ミュージック」と呼んで区別することがある)。一方、1970年代に入ると、旧ソ連政権下のエストニアやポーランドからも、やはり曲の素材を最小限に限定した音楽を書くアルヴォ・ペルトやヘンリク・グレツキのような作曲家が登場し始めた。この2人にイギリス人のジョン・タヴナーを加えた3人は、教会音楽と関係の深い音楽を多く書いていることから、現在では「ホーリー・ミニマリズム(聖なるミニマリズム)」と呼ばれている。これら7人をミニマル・ミュージックの第1世代の作曲家だとすると、それに続くジョン・アダムズ、マイケル・ナイマン、ルイ・アンドリーセンといった作曲家が第2世代ということになる(一時期、これらの作曲家の音楽は一括してポスト・ミニマリズムと呼ばれていた)。
 第2世代よりやや若い世代に位置する久石は、学生時代に出会ったアメリカン・ミニマル・ミュージック(特にテリー・ライリー)に衝撃を受け、1981年作曲の《MKWAJU》や1985年作曲の《DA・MA・SHI・絵》(両曲の改訂版が『Minima_Rhythm』に収録されている)あたりまで、現代音楽作曲家としてミニマル・ミュージックを書いていた。ところが『風の谷のナウシカ』(84)以降、映画音楽を中心とするエンターテインメント側に活動の主軸が移ったため、たとえ本人が書きたくてもミニマルの新作を書く時間的・物理的余裕がまったくなくなってしまったのである。
 この間、欧米ミニマル・ミュージックは先に述べたような作曲家を除くと、20世紀末まで後続の傑出した作曲家がなかなか芽を出さない状態が続いていた。この状況を、かつてフィリップ・グラスは「自分たちの名前があまりに大きくなり過ぎて、新人の出る余地がなくなってしまった」と筆者に説明していたが、そうした状況に大きな変化が見られるようになったのは、21世紀に入ってからである。具体的にはニコ・ミューリー、ガブリエル・プロコフィエフ、ブライス・デスナーといった若手作曲家がミニマルを基本としたクラシック作品を発表し、iTunes/You Tube世代のリスナーから大きな支持を獲得するようになったのだが、彼ら若手の音楽を総称して「ポストクラシカル」と呼ぶことが多い。
 ポストクラシカルの作曲家たちに共通しているのは、ほぼ全員がミニマルの洗礼を例外なく受けていること、音楽大学などできちんとクラシックの教育を受けていること(つまりアレンジャーに頼らず自分でオーケストレーションが出来ること)、はじめはロックなりテクノなりのポップスフィールドで叩き上げられて才能を開花させていること、その後、改めてクラシックに戻って(ポップス的な感性を活かしながら)演奏会用作品を書いていること、という特徴である。察しのいいリスナーなら、そうした特徴が実は久石についてもそのまま当てはまることに気づくだろう。『風の谷のナウシカ』以降、四半世紀近くも現代音楽から遠ざかり、回り道をしてきたように思える久石だが、実際のところは誰よりも早くポストクラシカル的な道を歩み始めていたのだ。そうした意味において、2014年から久石が始めた『Music Future』というコンサートシリーズ--その第1回公演では本盤に収録された《String Quartet No.1》と《Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Marimbas》に加え、ペルト、グレツキ、ミューリーの作品も併せて演奏された--は、アメリカン・ミニマル・ミュージックからホーリー・ミニマリズムを経てポストクラシカルへと進化を続けている久石の軌跡そのものなのである。本盤に収録された5曲を注意深く聴いていくと、その軌跡--ミニマルからポストクラシカルに到る”単線の軌跡”と言い換えてもいい--から見えてくる、さまざまな風景が走馬灯のように流れていくのを確認できるはずだ。
 这张专辑也彰显了久石让会继续以当代作曲家和音乐会演奏家(不一定是演奏他自己的作品)的身份积极追求极简音乐的精神。基础的极简音乐历史知识有助于理解其重要性,接下来将介绍一些重点的部分。
 如上所述,极简音乐通常被定义为使用尽量少的素材进行谱曲的音乐。与此同时,极简音乐通常指的是1960年代的四位美国极简主义作曲家的音乐,这四位作曲家分别是 La Monte Young,Terry Riley,Steve Reich 和 Philip Glass(他们依然活跃在2015年的音乐界),他们的作品手法正是基于音乐片段的重复和移位。在1970年代初,我们会看到诸如 Arvo Pärt 和 Henryk Góreckiz这样的作曲家,他们会根据苏联时期爱沙尼亚和波兰的严谨作曲语言创作音乐。英国作曲家John Tavener 与 Pärt 和 Góreckiz 一起被称为神圣极简主义,因为他们创作的大量音乐都源于神学音乐。如果这七位作曲家是极简主义音乐的第一代人物,那么John Adams、Michael Nyman 和 Louis Andriessen 等作曲家则是第二代(他们通常被归为后极简主义)。
 久石让比第二代极简主义作曲家要年轻一些,他从小受到美国极简音乐(特别是Terry Riley)的影响。久石让作为当代作曲家一直在创作极简音乐,其作品包括1981年的《原点》和 1985年的《绘》(两个作品的改编版都被收录在《极简旋律》中)。然而,在他为宫崎骏导演的影片《风之谷》(1984年)配乐取得成功之后,久石让的职业生涯主要转向了电影配乐工作。久石让不再有余力来创作以极简音乐为基础的当代音乐。
 尽管下一代能和上述欧美作曲家媲美的极简音乐作曲家要等到20世纪末期才出现,但在我们进入21世纪后,停滞状态发生了翻天覆地的变化。Max Richter,Nico Muhly,Gabriel Prokofiev 和 Bryce Dessner等新作曲家开始创作以极简主义为基调的古典作品。这些作品吸引了iTunes/YouTube一代的听众。这些作曲家的音乐通常被分类为后古典音乐(如Max Richter 的作品)亦作新古典音乐。
 几乎所有这些后古典作曲家的共同特征是,他们都受到极简主义的影响,受过正统音乐学院完备的古典音乐教育,他们曾更多地涉猎流行音乐中摇滚和铁克诺音乐风格,然后注意力才回到古典音乐(同时保留一定的流行感)。任何敏锐的聆听者都会意识到,久石让也具有以上所有特征。在《风之谷》之后,久石让离开当代音乐领域近25年。这看起来似乎很漫长,但是久石让实际上比其他人更早开始走后古典主义的道路。除了被收录到本专辑的《第一弦乐四重奏》和《震动焦虑与梦幻的地球》,在2014年开启的久石让“音乐未来”系列首场音乐会上,他还演奏和指挥过Arvo Part、Henryk Góreckiz和Nico Muhly的作品。这些音乐代表了久石让从美国极简音乐到神圣极简音乐再到后古典主义音乐的进化历程。仔细地聆听这张专辑中的五首曲目,它们向您展示了久石让从极简主义到后古典主义的历程,这种体验就仿佛在行驶的火车上观看窗外的风景。
躍動する生命(アニマ)のリズム
生命中的节奏(生命)
 アルバム『ジブリ・ベスト・ストーリーズ』所収の拙稿にも少し書いたが、久石の音楽において、ミニマル的な表現は「根源的な生命(力)の存在」と結びつくことが多い。それはミニマル的な表現が、音楽の最も基本的な要素のひとつである「リズム」をどう捉えるか、という問題と深く結びついているからだ。音楽を時間芸術として見た場合、「リズム」「メロディ」「ハーモニー」「音色」という音楽の4大基本要素の中で最も重要なのは、言うまでもなく「リズム」である。リズムのない音楽、時間を感じさせない音楽は死に等しい。つまり「リズムが命」ということである。ミニマルは、そうした音楽の本質を書き手・聴き手の双方に意識化させる、文字通りの最小限の表現手段なのだ。そういうところから久石が音楽を始めている以上、彼の音楽にある種の強度--生命力の強さ、生命力の多様さ--がもたらされるのは、当然の結果と言えるだろう。
 先に触れた《祈りのうた》や《WAVE》とは逆に、《String Quartet No.1》 《Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Marimbas》それに《Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion》には複雑な変拍子が用いられているが、久石の目的は何も作曲上・演奏上の超絶技巧的な凄さを開陳することではない。シンプルなフレーズがズレを見せ、変容を見せ、時にはまったく異なった相貌を見せることで、いかに多様な生命力を獲得し得るか。つまり「リズムの躍動=生命の躍動」を表現したいがために、そうした手法を用いているのである。必ずしも正確な喩えではないかもしれないが、たったひとつの細胞が増殖し、それが重なり集まることで組織が生まれ、器官が生まれ、総体としてひとつの生命が生まれていくダイナミックな過程を「生命の躍動」とするならば、久石の音楽はまさにそうした意味での「生命の躍動」を表現していると言えるだろう。
 幸運なことに、筆者は《Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion》の録音リハーサルに居合わせることが出来たが、そこで間近に見たものは、久石の音楽が持つ「生命の躍動」に4人のサクソフォニストとパーカッショニストが文字通り「息を吹き込む」、崇高な誕生の瞬間だった。単音から24音まで増殖していくフレーズ(音列)がユニゾンで提示された後、そこから特定の音が残り、引っ掛かり、強調されていくことで、得も言われぬグルーヴ感が生まれてくる。それは時にはジャズ的であったり、琉球音楽的であったり、あるいはロック的であったりするのだが、演奏者たちはそうしたさまざまなリズムの風景--曲名を踏まえて言えば、単線の軌道を走る列車の車窓から見えてくるさまざまな音風景--を目ざとく見つけ、それを楽しみながら生き生きと表現すべく、あらん限りのテクニックとエネルギーを演奏に投入していく。これをPlay(演奏=遊戯)の醍醐味と呼ばずして、何と呼ぼうか。
 それは、ミニマリズムMinima_Rhythmという原点を持つ久石の音楽が、高度な技量を備えた本盤の演奏家たちという理解者を得て、躍動する生命(アニマ)のリズムを讃えるアニマリズムAnima_Rhythmの高みに到達した瞬間でもあった。
 正如我在 2014 年专辑《吉卜力经典故事音乐故事辑》的简介中所写的那样,久石让的极简音乐通常代表着“原始生命力的存在”。因为极简音乐一定逃不开如何理解与“节奏”密切相关的问题。如果我们将音乐视为时间的艺术,那么“节奏”显然是音乐的四个要素“节奏、旋律、和弦和音色”中最重要的。没有节奏,一段音乐或一段时间就如同死亡一般沉寂。因此,节奏就是生命。音乐的极简主义是作曲家和听众对音乐品质的认可,正如“极简”一词所明确表达的那样。这不仅是久石让音乐的起源,而且可以说是他音乐历程的自然结果——强烈的生命力和生活的多样性。
 《第一弦乐四重奏》、《震动焦虑与梦幻的地球》和《单轨乐》使用不规则的音程,这与之前讨论的《祈祷之歌》和《浪潮》不同。在这里,久石让的意图并不是要在作曲和演奏上表现出多么精湛的技巧。相反,他旨在通过简单片段的变化和变形来进一步捕捉生活的多样化活力。换句话说,久石让之所以使用这些方法,是因为他意图表明节奏的活力等同于生命的活力。说一个可能并不完全准确的比喻,就像是单个细胞不断地繁殖和聚集,从而产生出形体和器官,并最终形成一个生物。如果说“生命的活力”是一个动态的过程,久石让的音乐可以说正是表达了这一过程。
 我很幸运有机会参与了《单轨乐》的录制。当时我见证了四名萨克斯演奏家和一名打击乐演奏家,他们共同在久石让的音乐中奏出了生命的活力。单个音符会展开成二十四个音符的乐句,这些乐句又组成一个片段。此后,其中的特定音符仍然保留,用以组成律动。这律动有时带有爵士风味,有时带有琉球歌谣风味,有时甚至带有摇滚风味。表演者可以快速找到各种不同风格的节奏,就像在单轨铁路上运行的火车窗外可见的风景变化,他们用最佳的技术和能量生动地表达出这些音乐。除了充满快乐,我们还能怎样形容这样的演出?
 这是久石让的“极简音乐“进化成“生命音乐”的时刻,这也要归功于乐手们高超的技术和对作品的深刻理解。
楽曲解説
乐曲解说
祈りのうた for Piano
《祈祷之歌》钢琴曲
初演(予定):2015年8月5日、ザ・シンフォニーホール
「久石譲&ワールド・ドリーム・オーケストラ(W.D.O.) 2015」
首次演出:2015年8月5日大阪市交响音乐厅
《久石让和世界之梦交响乐团(W.D.O.) 2015》
 2015年1月作曲。三鷹の森ジブリ美術館の展示室用音楽として、一足先に聴かれたリスナーも多いかもしれない。世俗の日常を超越した崇高な時間感覚を紡ぎ出す、拍節感の希薄なテンポ。”祈り”の余韻をいっそう純化する、息の長いペダルの使用。久石自身が「僕が初めて書いたホーリー・ミニマリズムの曲」と述べているこの楽曲は、機能和声や調整システムからいったん脱却し、シンプルな三和音という最小限(ミニマル)の構成要素に回帰したアルヴォ・ペルトのティンティナブリ様式(鈴鳴り様式)との親近性を強く感じさせる。本盤に収録されたピアノ版の構成は、ごく大まかに(1)透明感あふれる三和音のモティーフを右手が導入する最初のセクション、(2)悲しみに満ちた和音からなる中間部のセクション、(3)左手の伴奏を伴った最初のセクションの再現、という三部形式と見ることが可能である。
 《祈りのうた》という曲名に関して、久石は具体的に誰のための「祈り」か明言していない。ただし2014年暮、すなわち本作作曲直前の時期にW.D.O.2015公演のプログラミングを練っていた久石は、東日本大震災の悲劇について何らかの音楽的ステートメントを盛り込みたいと構想していたので、それが作曲の間接的なきかけになった可能性はある。
 久石让于2015年1月作曲《祈祷之歌》。许多听众可能也比其他人更早在三鹰市吉卜力美术馆的展览空间中听到过这首歌。缓慢的节奏给人一种超越时空和世俗世界的感觉。“祈祷”的回声因使用延长的踏板而变得更加纯净。久石让本人将其描述为他的第一首基于神圣极简主义的作品,它受到Arvo Part的深厚影响,尤其是运用钟鸣作曲法摆脱和弦与调式的束缚,并重新定义三重和声作为极简音乐的基本元素。此处收录的钢琴独奏版本有三个部分;(1)在第一段中用右手弹奏有高透明感的三重和声,(2)中段充满悲伤的和声,以及(3)第一段中的概括片段加上左手的伴奏。
 久石让并未明确表示《祈祷之歌》是为谁而祈祷。但是,在他写这首歌之前,也就是2014年的夏天,他一直在与世界之梦交响乐团合作。这可能会对作品产生间接影响,因为他一直想用某种音乐形式来讲述东日本大地震的悲剧,而这也成为了2015年世界之梦交响乐的主题之一。
Shaking Anxiety and Dreamy Globe for 2 Marimbas
《震动焦虑与梦幻的地球》马林巴琴重奏
初演:2014年9月29日、よみうり大手町ホール
「Music Future Vol.1」
首次演出:2014年9月29日东京市读卖新闻大手町厅
《音乐未来第一篇》
 原曲は、2台のギターのために書かれたHakujuギター・フェスタ委嘱作 《Shaking Anxiety and Dreamy Globe》(2012年8月19日Hakuju Hallにて初演)。曲名は、ダグラス・ホフスタッターの古典的名著『ゲーデル、エッシャー、バッハ』20周年記念版の序文に出てくる「揺れ動く不安と夢の球体」というフレーズに由来する。このフレーズは、著者のホフスタッターがアメリカの詩人ラッセル・エドソンの詩「The Floor」の一節を引用した部分「teetering bulb of dread and dream」を訳したものだが、「揺れ動く不安と夢の球体」という日本語表現を気に入った久石は、敢えて原文の文脈にとらわれず「shaking anxiety(揺れ動く不安)and dreamy globe(夢の球体)」という英語に逆変換し、新たな造語を作り上げた。久石自身はこの造語の意味するところを「生命が生まれる瞬間」と説明している。躍動感あふれるミニマル音形の反復と複雑な変拍子を用いた原曲の構成を踏襲しつつ、本盤に収録されたマリンバ版では第1奏者がグロッケンシュピールを、第2奏者がヴィブラフォンを兼ね、より多彩な音色を獲得。特に「dolente(悲しみを込めて)」と記されたセクションでは、繊細かつ精麗な響きを奏でるグロッケンとヴィブラフォンが印象に残る。
 《震动焦虑与梦幻的地球》最初是为“Hakuju 吉他音乐节”而创作的吉他重奏(2012年8月19日在九久演奏厅首次表演)。作品的标题源自日语“恐惧和梦想的灯球摇摇欲坠”,该短语出现在Douglas Hofstadter 的名作《Godel,Escher,Bach: an Eternal Golden Braid》中。Hofstadter 在其作品二十周年纪念版的序言中,引用了 Russel Edson的诗作《地面》中的这句话。久石让喜欢这句话的日语翻译,于是决定将日语回译成新的英语短语“Shaking Anxiety and Dreamy Globe”。久石让将这个新短语含义描述为生命的起源(正是“生命音乐”!)。这个版本的音色更加丰富,第一支马林巴琴演奏钟琴,第二支马林巴琴演奏颤音,同时沿袭了原始音乐结构,运用重复的片段和不寻常的音程。细腻优雅的共鸣和颤音给听众留下深刻的印象,特别是在乐曲悲伤的部分。
Single Track Music 1 for 4 Saxophones and Percussion
《单轨乐》萨克斯四重奏和打击乐
初演(予定):2015年9月24日・25日、よみうり大手町ホール
「Music Future Vol.2」
首次演出:2015年9月24日至25日东京市读卖新闻大手町厅
《音乐未来第二篇》
 原曲は、毎年ウィンド・アンサンブルの新作を委嘱初演する浜松市の音楽イベント「バンド維新」のために書かれた吹奏楽曲(2015年2月22日アクトシティ浜松にて初演)。久石自身の解説によれば、単音から24音まで増殖するフレーズがユニゾンで演奏され、その中のある音が高音や低音に配置されることで別のフレーズが浮かび上がってくるという、シンプルな構造で作られている。
 这支管乐的原始版本是为滨松市的“乐队复兴”活动编写的。久石让把《单轨乐》描述为“一个单一的音符发展成一个音调行,二十四音符一起演奏”。将单个音符调整到更高或更低的音区,并将不同片段融合在一起,就构成了这首歌简单的结构。
 アメリカン・ミニマル・ミュージックの作曲家たち、特にスティーヴ・ライヒはミニマル特有のズレ(とそこから生まれる変化のプロセス)を生み出すため、バッハ以来おなじみのポリフォニック(多声音楽的)な書法、具体的にはカノンのような手法で声部を重ね合わせる実験を試みたが、本作において久石は、そうしたポリフォニックな手法に頼らず、あくまでも単旋律のユニゾンにこだわりながらズレを生み出す試みにチャレンジしている。つまり多声という”複線”を走るのではなく、あくまでもユニゾンという”単線”を走り続けるわけだ。鉄道の”単線”を意味する《Single Track》という曲名はそこに由来しているが、その際、フレーズ内の音が高音や低音に配置されることで生まれる別のフレーズは、車窓から見えるビルの窓ガラスや川の水面に映る自分の反射した姿(の変形)と考えると、分かりやすいかもしれない。
 本盤に収録された演奏において、パーカッショニストがヴィブラフォンを演奏するセクションから中間部となるが、そこに聴かれる和音らしき響きは、あくまでもフレーズの持続音(サステイン)が伸びた結果生まれたものであって、決して意図したものではないという。喩えて言うならば山間部を走る列車の走行音や警笛がこだまし、それが偶発的なハーモニーを生み出すようなものである。
 ユニゾンのフレーズの音が時間軸上でズラされることで生まれるさまざまな音風景は--久石は本作を鉄道の標題音楽として書いているわけではないが--車窓から見える多種多様な光景が自分の中のさまざまな記憶を呼び起こしていく、そんな自由連想的な聴き方をリスナーに許容している。最初のユニゾンのフレーズが、民謡のようにもジャズのようにも、あるいはわらべ唄のようにも聴こえてくる面白さ。そういう面白さを実現するためには、最初のフレーズが思わず口ずさみたくなるような親しみやすさを持ちながら、同時に高度な可塑性に耐えうる可能性を潜在的に秘めていなけれなならない。こういうフレーズは、ポップスフィールドで感性を徹底的に鍛え上げられた、久石のような作曲家でなければ絶対に書けないフレーズだと思う。そういう意味で本作は、久石のポストクラシカル的な在り方をこれまでになく明瞭に示した楽曲と言えるだろう。
 美国极简主义作曲家,特别是Steve Reich,尝试用巴赫复音技术叠加声音,特别是用卡农来做移位和逐渐移位。但是在此作品中,久石让并没有依赖这些技术,而是尝试了一个挑战,即试图用单个旋律,强调统一性来进行移位。更具体地说,他不是用多种声音的“多音轨”,而是在统一的“单音轨”上持续创作。标题中包含的“单轨”就是这个意思。不同的乐段由音符重新在更高或更低的音区分配而构成,就好像你的影子倒映在写字楼的玻璃上和河面上一般。
 打击乐手演奏电颤琴时,中段便开始了。这里能听到的类似和声的共鸣只是前段延音的结果,而不是特意为之。隐喻地说,就如同火车的声音穿过山谷,其喇叭声从山顶回荡,产生了意外的和声。
 旋律随着时间发展成不同的乐段,同样营造出了不同的氛围。该乐曲让听众能随音乐一起畅游。从最基础的旋律延伸出来的乐句有些像民谣、爵士乐甚至儿童歌曲。曲调变得非常熟悉,以至于你不知不觉地想唱它。只有像久石让这样有极高流行乐造诣的作曲家才能写出这样的乐句。《单轨乐》就是这样一个充分展现后古典主义的作品。
WAVE (2009)
《浪潮》
初演:2009年8月15日、ミューザ川崎シンフォニーホール
「久石譲 オーケストラ コンサート 2009 ~ミニマリズム ツアー~」
首次演出:2009年8月15日川崎市美得理川崎交响乐厅
久石让交响音乐会2009《极简旋律巡回音乐会》
 アメリカン・ミニマル・ミュージック(特にフィリップ・グラス)の功績のひとつは、西洋音楽において単なる伴奏音形とみなされていた分散和音(アルペッジョやアルベルティ・バス)に音楽表現の主体を置くことで「旋律=主、分散和音=従」の関係を逆転させ、分散和音から旋律が発展してく手法を確立・普及させた点である。本作の場合、イ長調の主和音から始まる分散和音は、《WAVE》という曲名が示す通り、寄せては返す波のように何度も繰り返されていくが、渚を洗うひとつひとつの波が決して同じではないように、ひたひたと寄せる分散和音は繰り返しごとに色あいを微妙に変えていく。そして、その色あいの変化の中から、ちょうど波間に浮かぶ小舟のように、1本の旋律がくっきりと上声部に浮かび上がってくるのである。ミニマル作家としての久石譲と旋律作家としての久石譲が、高度な次元で融合した名曲というべきであろう。2009年1月に作曲後、三鷹の森ジブリ美術館展示室用音楽の形で初めて公にされたが、この作品に格別な思い入れを抱く久石は、これまでアンコールなど特別な機会のみに演奏を限定してきた。リリースは本盤が初となる。
 美国极简主义音乐家(特别是Philip Glass)的成就之一是把以旋律为主、分解和弦为辅的关系扭转过来,将重点放在分解和弦(琶音/阿尔贝蒂低音)上,推广在分解和弦的基础上发展旋律的方法。在这首乐曲中,大A和弦的分解和弦一次又一次重复,像标题《浪潮》一样,如海浪般一波波拍打岸边。就像每次拍打海岸的浪潮都不同,每次演奏时,分解和弦的色彩也都会变化。这些色彩变化的分解和弦产生了一种清晰的旋律,就好像一艘小船在波浪之间漂浮着。《浪潮》无疑可被称为杰作,它代表了久石让作为极简主义作曲家和旋律创作者的更高维度。在三鹰市吉卜力美术馆的展览中,该作品首次作为音乐作品向公众发布。对这首歌尤为挚爱的久石让把它保留至音乐会安可环节演出至今。这是《浪潮》第一次在专辑中发行。
String Quartet No.1 (2014)
《第一弦乐四重奏》
初演:2014年9月29日、よみうり大手町ホール
「Music Future Vol.1」
首次演出:2014年9月29日东京市读卖新闻大手町厅
《音乐未来第一篇》
 2012年に東京で開催された「フェルメール光の王国展」のために久石が書き下ろした室内楽曲《Vermeer & Escher》から4曲を選び、弦楽四重奏曲として新たに構成・作曲し直した作品。作曲活動の初期から、オランダの画家マウリッツ・エッシャーのだまし絵(錯視絵)がもたらす錯視効果と、ミニマル・ミュージック特有のズレがもたらす錯聴効果の類似性に強い関心をいだいていた久石は、1985年に《DA・MA・SHI・絵》という作品を発表しているが、それから約30年、弦楽四重奏だけで構成された本作では、エッシャー特有の線的構成がいっそう強調されることになった(ただし久石は、エッシャーの作品を標題音楽的に表現しているわけではない)。参考までに、作曲にあたって久石がインスパイアされたエッシャーの原画のデータを以下に挙げておく。※割愛

第1楽章:Encounter
冒頭のユニゾンで提示される主題を基にした、ユーモアにあふれるズレの遊戯。

第2楽章:Phosphorescent Sea
グリッサンドの弦の波、それに夜のミステリアスな音楽で表現された「燐光を発する海」の情景。

第3楽章:Metamorphosis
厳格かつ対位法的な音楽で表現される、ズレの「変容」の過程。

第4楽章:Other World
13/8拍子という珍しい拍子を持ち、オクターヴを特徴とする反復音形が中心となる終楽章。オリジナル版では全音階の希望に満ちたモティーフが静かに登場した後、コーダを迎える形をとっていたが、本盤に収録された弦楽四重奏版ではそのモティーフを中心とする新たなクライマックスが築き上げられ、その後、反復音形が再現して余韻を残したコーダを迎える形に改訂されている。
 久石让从他为2012年在东京举行的“Meet the Master of Light Vermeer Centrum”创作的题为《Vermeer & Escher》的室内乐中选择了四个乐章,重新编排成了这个弦乐四重奏作品。从他的作曲生涯开始以来,久石让一直对荷兰画家M.C.Escher的作品中的视觉欺骗与极简音乐中的乐句位移的之间的类比表现出浓厚兴趣。久石让的《绘》在30年前就对这个类比作出了探索。在这部作品中,他仅用弦乐四重奏来进一步强调Escher艺术品独特的几何本质。启发久石让的Escher作品与这四个乐章之间的对应关系如下:

《遇见》(1944)
《波光粼粼的海》(1933)
《变形记 I》(1937)
《变形记 II》(1940)
《变形记 III》(1967-1968)
《另一个世界》(1947)

I.遇见:主题曲在这个作品中颇具幽默感地出现。

II.波光粼粼的海:弦乐的浪潮和夜晚的神秘音乐描绘出了磷光海的景色。

III.变形记:刺耳的音乐表达了移位的过程所造成的质变。

IV.另一个世界:最后的乐章用的是古朴的13/8拍子,其核心设定是不同八度音阶的重复乐句。最初的版本是在乐曲结束以前,才慢慢出现一个完整乐句,但这张专辑收录的弦乐四重奏版本先营造了一个新高潮,之后再重复一遍主题,最后与和弦融合在一起。
2015/06/18
前島秀国
サウンド&ヴィジュアル・ライター
前岛秀国(声音和视觉艺术家)撰写
2015年6月18日