文档:Minima Rhythm III/专辑解说

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久石让的解说

TRI-AD for Large Orchestra
TRI-AD for Large Orchestra
作曲にあたって、最初に決めたことは3つです。まず祝典序曲のような明るく元気な曲であること、2つめはトランペットなどの金管楽器でファンファーレ的な要素を盛り込むこと。これは祝祭感を出す意味では1つめと共通することでもあります。3つめは6~7分くらいの尺におさめたいと考えました。

そして作曲に取りかかったのですがやはり旨くいきません。コンセプトが曖昧だったからです。明るく元気といったって漠然としているし、金管をフィーチャーするとしてもどういうことをするのかが問題です。ましてや曲の長さは素材の性格によって変わります。

そんなときに思いついたのが3和音を使うことでした。つまりドミソに象徴されるようなシンプルな和音です。それを複合的に使用すると結果的に不協和音になったりするのですが、どこか明るい響きは失われない。ファンファーレ的な扱いも3和音なら問題ない。書き出すと思ったより順調に曲が形になっていきました。そこですべてのコンセプトを3和音に置きました。それを統一する要素の核にしたのです。

2016年3月末からの中国ツアーの前にピアノスケッチを作り、帰ってきてから約2週間で3管編成にオーケストレーションしました。

「TRI-AD」とは3和音の意味です。曲は11分くらいの規模になりましたが、明るく元気です。2016年5月に長野市芸術館こけら落としのコンサートで初演されました。
在创作这次的乐曲前,有3件事情是最先决定好的。首先是要如同祝典序曲般活泼带有元气的乐曲,再来是要加入小号等的铜管乐器吹奏的开场小号,这点和第一点的意义一样,是想表现出祝祭感。第三点是考虑了要以约为6~7分钟长度的乐曲作为结尾。

然而开始着手于作曲时果然不是那么的顺利,这是因为概念十分暧昧不明的缘故。说是活泼带有元气的道个概念十分的模糊,而且要怎么以铜管乐器为演奏卖点才是问题的所在,更何况曲子的长度也会因为素材的特性来变化。

在道个时候想到的是要使用3合音这件事。也就是以Do Ml So为主要的简单和音。结合复合式合音,产生了不协调和音,而对于鼓号曲的呈现也没有间题。比想像中还要顺利地将乐曲给具体化了。在道次的乐曲里所有的概念都是以3合音为前提下,统一了所有的核心要素后的结果。

在2016年3月底的中国巡回开始前,我开始谱写琴谱,巡回结束后费时了约2周的时间编成了三管编制的管弦乐编曲。

「TRI-AD」就是3合音的意思,约为11分钟的规模,是一首十分活泼带有元气的乐曲。于2016年5月在长野市艺术馆举行的柿落演奏会上首次演出。
久石譲
久石让
THE EAST LAND SYMPHONY
THE EAST LAND SYMPHONY
「THE EAST LAND SYMPHONY」は全5楽章で約42分かかる規模の大きな作品です。3管編成でソプラノも入ります。以下、各楽章について解説していきます。

「1.The East Land」は5年前に作曲しました。そのときは、自らの交響曲第1番とマーラーの交響曲第5番を演奏する予定でしたが、この楽曲しか発表することができませんでした。今回若干の手直しをして演奏します。核になっていることはセリー(音列)*的な要素とミニマルを合体することでした。全体を覆う不協和音はそのためです。中間部を過ぎてからアップテンポになるのですが、そこで炸裂する大太鼓はまるでクラブのキックドラムのようで個人的には気に入っています。

「2.Air」は鍵盤打楽器が大気の流れのように止め処なく、くり返されます。少し抽象的な表現をすると「時間の進行を拒否した」ような佇まいです。5年前に作曲し大方のオーケストレーションもできていたのですが、そこから進まなかった。何度も書き直しをしているのですが、まったくフォームを変えようとしない。そこで気がついた、このままでいい! そういう曲なんだと。全5曲の中でもっとも時間がかかり、最後まで手を入れていた楽曲です。

「3.Tokyo Dance」はソプラノが入ります。自分と自分の周りだけが大切、世界なんかどうでもいい! というような風潮のガラパゴス化した今の日本(東京)を風刺したブラックなもの、そして日本語で歌うというコンセプトで娘の麻衣に作詞を依頼しました。何回か書き直しをしていく中で数え歌というアイディアが浮かび、いわば「東京数え歌」ともいえる前半ができました。ロンド形式のように構成しましたが、中間部、後半部は英語とミックスしながら『平家物語』のような諸行無常を歌っています。何故こういう曲を書いたのか?あるいは書こうとしたのかわかりません。たぶん数年後には腑に落ちるかもしれません。

「4.Rhapsody in Trinity」は当初「東京ダンス」という仮のタイトルで作曲を始めたのですが、前曲にタイトルを譲りました。日本語で書くと「三位一体の狂詩曲」ということですが、前曲と同じくブラックな喜遊曲です。実は悲劇と喜劇は表裏一体です。本当の悲哀や慈しみはチャップリンの映画や山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズを観れば一目瞭然、喜劇が適しています。ただしそれを作るのは本当に難しい。音楽も同じです。悲しい曲はまあ誰でも作れますが(作れない人もいますが)楽しく快活に音符が飛び回っている向こう側で何かただならぬものを感じていただく、ということはいわば俯瞰、ある意味で神の視点が必要です。いや、そういう哲学的知恵が必要だということです。僕はまだそこに至っていないので(到底無理なのかもしれませんが)チャレンジし続けるしかないと思っています。11/8拍子という何とも厄介なリズムが全体を支配しています。

「5.The Prayer」は今の自分が最も納得する曲です。ここのところチャレンジしている方法だいうことです。最小限の音で構成され、シンプルでありながら論理的であり、しかもその論理臭さが少しも感じられない曲。すべての作曲家の理想でもあります。もちろん僕ができたということではありません。まあ宇宙の果てまで行かないと実現できそうもないことなのですが、志は高く持ちたいと思っています。ソプラノで歌われる言葉はラテン語の言諺から選んでいます。もちろん表現したかったこと(それは言わずもがな)に沿った言葉、あるいは感じさせる言葉を選んでいます。後半に現れるコラールはバッハ作曲の「マタイ受難曲第62番」からの引用です。このシンフォニーを書こうと考えたときから通奏低音のように頭の中で流れていました。

タイトルの「THE EAST LAND」は「東の国つまり日本」であり、その日本の中の東の国は、「東北地方」を指します。もちろん社会的な事象を表現しようと思って作曲した訳ではありません。ありませんが、あれから5年、本質は何も変わっていない、我々はどこに行くのだろうか?という思いはあります。それでも生きる勇気と力を表現したい。世界のカオス(混沌)の中でも自分を見失わない日本人であってほしいという思いもあります。奇しくも5年前に作り出した楽曲をこの夏、完成できたことは、あのときから「あらかじめ予定されていたこと」だったのかもしれません。
「THE EAST LAND SYMPHONY」是由5个乐章组成,费时约42分钟的大规模作品。三管编制下再加入女高音,以下是对于各乐章的解说。

「1.The East Land」是5年前完成的乐曲。那个时候我预计要演奏自己的第1号交响曲和马勒的第5号交响曲,但那时也只有发表了这个部分,然而这次演奏的版本做了些许的修改。整体覆盖了不协调和音就是为了以音列*和最小限度的要素结合作为主体核心的缘故,从中间部分开始加快了节奏,在这个部分炸裂的大太鼓声音像夜店里播放的低音鼓一样,我个人非常喜欢这个部分。

「2.Air」这首乐曲是用打击键盘乐器如行云流水般没有停歇的反复演奏,些许抽象的表现出「抗拒著时间的流逝」。5年前第一次将这首曲子编写成管弦乐时,经过无数次的修改、重写,可是格式上却没有什么变化。我意识到就照道样下去也好!就变成了现在的这首乐曲。这首是全部5首中最花时间,也是最后才决定收入的乐曲。

「3.Tokyo Dance」这首乐曲加入了女高音的声音。讽剌现今的时势正加拉巴哥化的日本(东京),“只重视自己本身和周遭的事物,世界怎么样都无所谓!”这种黑暗的作品。由于概念是想以日文来歌唱,便拜托了女儿麻衣填词。在无数次的修改之下,浮现了数数歌这样的点子,可以说是「东京数数歌」的乐曲前半部就这样完成了。

中半部、后平部则是以轮舞曲混合英文和日文歌词的方式呈现,如同「平家物语」歌唱着诸行无常的故事一般。为何我会写出这样的乐曲呢?目前我也不知道原因,也许数年后会知道答案也说不定。

「4.Rhapsody of Trinity」一开始是以「东京Dance」这种暂定的曲名开始作曲的,之后曲名就让给了上一首乐曲。而这首乐曲的名字用日文来写的话就是「三位一体狂想曲」,与上一首歌的性质相同,是—首黑暗的嬉游曲。
事实上悲剧和喜剧都是一体两面的。真正而悲哀和慈爱,若是看了卓别林的电影或是山田洋次导演的「男人真命苦」系列就能一目了然,是非常适合喜剧的作品。但要创作出这样的作品却十分困难,音乐也是一样。悲伤的乐曲可以说是谁都能作出来(虽然也有作不出来的人),但要让听众感受到在音符愉悦轻快飞翔的另一端,有什么非比寻常的东西,换句话说就是要俯瞰,也可以说是需要神的视角。
不,这种哲学性的智慧是必须的。虽然我还没到达那个程度(也没办法到达那个程度说不定),但也只能继绩挑战下去了。
整首乐曲充斥着让人伤脑筋的11/8拍节奏。

「5. The Prayer」是我现今最满意的曲子。在这首乐曲里有新的尝试在里面,我试着用最小限制的音来构成乐曲,使楽曲简洁的同时也很有理论性,但并会让听者感到是建立在理论之上。这是所有作曲家的理想。
当然这并不是“我”才能达成的事情,就像在没有尝试之下是绝对到不了宇宙的尽头一样,所以我希望我在创作时能怀抱着远大的志向。
这首乐曲里女高音所歌唱的歌词是撷自于拉丁文的文章。当然我取撷了我想表达给听众们的部分。后半部里现的圣歌是选自巴哈作曲的「马太受难曲第62曲」当我在想着要谱写这首交响乐时,从脑中闪遇通奏低音的念头。

曲名的「THE EAST LAND」有「东方之国也就是日本」的意思在,以日本本地的东之国来说,指的是「东北地区」。当然在这里我并不是想表达该地区的社会现象才作的曲。
不管怎么说,从那之后的5年,本质上也没什么改变,只有「我们将何去何从?」道样的想法,即使如此也想展示出活着的勇气与力量,希望日本人就算身处于世界的混沌之中依然不会迷失自我。
没想到5年前写的曲子在这个夏天完成了,或许从那时开始就有「冥冥之中的安排」也说不定呢。
久石譲
久石让
*セリー:音列のこと。特に十二音技法においては、すべての音を1回ずつ用いて構成する。

注)この文章は2016年の夏に行われたW.D.O.コンサートのパンフレットに書かれた本人の文章を再構成しています。
*音列:特别是在十二音技法中,一条音列内的音,必规用尽,用这样的技巧来构成的。

注:这篇文章是截自于2016年夏天举办的W.D.O.演奏会,由久石让本人所写的小册子上的文章。

中岛值也的解说

 
极简旋律3之旅
 
我的工作是从事电视广告。在1980年代末期,因为某牌化妆品的工作第一次和久石先生一起共事。我记得第一次应该是拜访了座落在现今防卫厅的正面入口附近的录音室里开会。最初的印象是「真是位非常绅士有品格的人」。面对才进这一行5年不到的年轻小伙子的我,态度真的是非常亲切啊。我还记得当时我甚至想「如果可以的话,我也想成为道样的成年人啊」。拥有优异无比的才华却以平易近人的态度跟我说话,名气很大却很亲切,是位很有品味的成年人,久石让给我的印象就是这样。

而在30年后的今天,也是我俳句之友久石让千金麻衣小姐的一句话,让我心中久石让先生的形象关始有了微妙的改变。麻衣小姐说:「在创作乐曲的时候,父亲的头上好像会冒烟、眼睛会喷火。」,「欸?」从那温厚又高雅的久石先生的头上?会喷火?道是怎么一回事呢?在我内心混乱的同时,麻衣小姐邀请我去参加久石先生的音乐创作发表演奏会。在Suntory音乐厅接触到他所发表的作品,

我受到了强烈的冲击。这是艺术!我被麻衣小姐所说的那股强劲的「烟与火」给击倒了。整个人随着音乐,意识不知被带往何方。受到那冲击的楽曲就是收录在这张专辑里的「THE EAST LAND SYMPHONY」。还有意识被带往遥速彼方的便是专辑里的第一首乐曲「TRI-AD」。道次専辑里收录的都不是寻常的乐曲,听起来很舒服,仿佛整个人会被带走。所谓「带走」并不碰到异物让你飞起来那样,而是意识进入到「超时空奇景之旅」那种感觉。

「超时空奇景之旅」无法徒步或是搭巴士去。我们一般人在沉醉于音乐之中,所展开的旅程一定会搭上「超时空方舟」。这次久石先生的作品就用非常高超的技术建造了「超时空方舟」。而这艘方舟外表缠绕着乍看是「难解」的困难设计,是「难解的方舟」。虽然我抱着,我们一般人真的可以搭乘展开「超时空奇景之旅」吗?的疑问,但很不可思议的是,答案是可以的。怎么说呢?其实这方舟里隐藏着某个重大的秘密。在这里要再度介绍麻衣另一个证言:「夜猫子的父亲一到了晚上就会关在自己的房间里,有一天我偷瞄了父亲的房间,看到他头上冒着烟,眼睛喷着火,瞪着那无数的古典乐嫌(泣)。」

注)久石让先生表示:「那只是因为需要指挥古典乐曲的演奏,所以才在半夜里看乐谱而已(笑)。」

我觉得乐器是从遥远的旧石器时代到至今,人类不断微调所累积而来的「微调的赐物」。在人类不顾微调整之后,才有这瞬间的美丽音乐存在。现今虽然很流行创新道名词,但这和破坏过去或突然发明的创新是不同的吧?我觉得这种创新是随着确确实实且不断微调所累积进化而获得的。而那份赐物应该就是「乐器」吧?

而这不断微调的累计究竟是为了什么呢?那是人类想要将偶然所发现的「声音」,「任意的」发声出来。随着不断微调动作所「任意」获得的,并发挥那乐器本来所具备的能力到最大极致。能将那音栾所具有的魅力发挥到极致的「音域」及和其他音阶的「和音」,再加上发挥了该乐器的最大程度能力的「速度」,结合所有一切,呈现出最让人心动的声音状态,为了获得高再现性的纪录,那就需要「作曲」道样的作业了。也就是说古典交响乐的「乐谱」上,那里有着人类偶然边适的「音」这样的奇迹用无限微调赐物的「乐器」能力,为了「任意的」获得「强烈震撼人心」的魔法。这些是我的看法。

久石先生毎晩关在自己房间面对这「魔法」。他是为了让搭乘「难解的方舟」的乘客,带领不管是一般人还是専家展开「超时空奇景之旅」,而必须要去探询潜在于「魔法」的本质吧!我仔细地观察,终于在「难解的方舟」接受到那份力量,所以只要我们一搭上这艘方舟,马上就会「被带领而去」。虽然难解但还是会被带往旅程!真抱歉,不小心太过兴奋变成这样荒唐的话题。仅此微薄的拙文表示我对久石先生冲上脑门的烟与穿透眼球的火花致上无限的敬意,感谢万分。
 
中岛值也(东北新社董事长/广告总监)

歌词

 
3.Tokyo Dance
 
一 挤过人群
二 嫣然灿笑
三 再见了 三角町
四 头向着四方豆腐撞出一块包

五 和平常无异就好
六 无灾无病
七 愿平安无事
八 结果被蜜蜂叮咬

九的 九段下
十的 通过吧
十一 要职者万万岁
十二位演员的钵
十三台阶

十四 涩谷的十字路口
十五的夜晩 即便没有月娘也发着光
十六 六六观音
十七 兴荣的当铺 假的暴利
十八的选举开始
十九的苦恼与幸福
二十的东京二重桥

在后面的那个人是谁?

风在吹拂
心若止水
The wind blows(风在吹拂)
Focus on your heart(心若止水)
自由的风
Freedom (自由)
What you have today won't be there tomorrow(活在当下)
We must change(我们必须蜕变)
And tomorrow brings hope(然后带着希望迈向明天)

The sun has come up the sky(太阳高挂在天空)
The night is behind at dawn(夜晚藏在黑暗的身后)
The rain comes falling down(雨渐渐落下)
Song accompanies you when saddened(悲伤之时有歌伴随你)
Time brings you affection(时间会带来情感)
Accept the way it affection(接纳有所不同)
As we die, As we are bom(如同我们出生,然后死去)
It circles around(不停轮回)

Life is impermanence(诸行无常)
Life is interdependent(诸法无我)
Awakened here(有如醍醐灌顶)

十四 涩谷的十字路口
十五夜 即便没有月娘也闪耀发着光
十六 六六观音

十七 兴荣的当铺 假的暴力
十八的选举的开始
十九的苦恼与幸福
二十的东京二重桥

东京Dance
 
6. The Prayer
 
万物瞬息万变,我们也在变化的行列

承受得了的,坚持得住的

其他的事情就交给上天吧

此刻就藉酒逐烦恼

你无量的宽容使我的心灵充实丰盈

心与心的交流对聒

从心深处,打从心底

他(她)回到了先祖们的身旁

再会了,那么便就此道别

就此安息

灵魂是存在的 一切并不会随着死亡而结束

如此便来到了繁星之所

这便是命运吧

如今在何处?