文档:紅豬 原聲帶/專輯解說

出自宫崎骏与久石让中文百科
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專輯解說

同時代に生きるアーティストとして
音楽監督・久石譲
作為生活在同時代的藝術家們
音樂監督・久石讓
 「紅の豚」は、宮崎監督との仕事では「ナウシカ」から数えて、もう5作目になります。最初の打ち合わせでちょっと驚いたのは、映画の舞台が1920年代末期だという事。というのは、そのとき制作中だったソロアルバム(「My Lost City」 東芝EMI)でテーマにしていたのが、1920年代、アールデコの時代だったんです。同じ時代を生きるアーティストとして、どこか通じるところがあったのかも知れません。
 說起來「紅豬」是和宮崎駿導演合作以來繼「風之谷」之後的第5部作品了呢。當在最初相談時了解到故事的舞台被安置在1920年代末時,我稍稍吃了一驚。因為,當時我正在製作的另一張個人CD(「My Lost City」 東芝EMI)正是以1920s,那個「裝飾美術年代」作為主題的。作為生活在同時代藝術家們,在某些地方擁有相通之處也未可知。
 ただ、通じ合ったということがイコール、音楽のレベルに結びつくとは限らない。たとえば「トトロ」ですが、自分の得意としる分野ではないのですが、それがかえって客観的かつ冷静に作れたせいか、思わぬ?レベルに達していてとても気に入っています。
 只是,擁有相通之處並不意味著在音樂的層面上我們的理解完全相類似。比如說,「龍貓」的音樂類型並不屬於我拿手好戲的範疇。雖說我卻能得以客觀又冷靜地製作曲子,但能否以此和宮崎駿的熱情相通卻很難說。不管怎樣,彼此對於音樂的理解是我非常在意的地方。
 そういう意味でいうと、今回もすべてスムーズに行ったというわけではありません。僕も宮崎監督も、お互いに妥協することが嫌いな方ですから(笑)。しかし、それによってこちらのテンションも上がったし、それがより高いレベルでの仕事につながったと思います。また今回はアコースティックなサウンドにこだわって70名のフルオーケストラでほぼ録音しました。
 在這樣的背景下,這次的合作也和往常一樣,過程並不是處處順利。因為不管是宮崎駿導演還是我,都是討厭妥協的類型。可是,正因為如此,我的投入才會異常高漲,我才得以能在更高的水平工作。另外,這次為了完全用原音製作音樂(無電子發聲器械),召集了70人組成的全編制交響樂團來進行大部分的錄音。
 とにかく幸運にも、5作品も一緒に仕事をしてくると、毎回毎回が真剣勝負ですね。
 總之,每次我都認真地(和任務/宮崎駿/etc.)較勁(笑), 想來居然已經以這種方式合作了5部作品了呢……(汗)所以說一路走來,我覺得還是非常幸運的。
(1992年6月4日、アオイスタジオにて談)
(1992年6月4日、於Aoi Studio對談)